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ひとりごと

ぐだぐだと思ったことを思ったままに

2014年5月5日


1年前の今日、わたしは二階堂と玉森の掛け持ちになった。何度も二階堂に降りようとして玉森に引っ張り戻されてきた数年。この日の城ホでもまた玉森に引っ張り戻されるはずだった。 でもコンサートが終わって出て来た時のわたしの感想は「掛け持ちになる」だった。玉森に引き戻されるどころか二階堂に引っ張られた。それほどわたしの中で二階堂が大きくなってたんだなと改めて実感した日だった。

あれから1年経って今の状況を見ると何で掛け持ちって言ってるの?って言われてもおかしくない状況だろうなとは自分でも思ってる。玉森要素どこにあるの?と聞かれても答えられないかもしれない。

わたしがキス担になってから今までの状態ってどんな感じだったんだろうって考えてみたの。まず白黒のKis-My-Ft2のレイヤーと色のついた玉森のレイヤーがあるウィンドウがあって、ぷれぞんで白黒だったはずのKis-My-Ft2の二階堂のところが色味を持ち始めて、去年の京セラで二階堂が別レイヤーかつ別ウィンドウに独立、色味を持った玉森レイヤーはそのまま白黒Kis-My-Ft2レイヤーの上に居続けてる。なんかそんな風にも考えてみたりして。だから玉森担やってたときは玉森さんという人物を見ながらKis-My-Ft2というグループも見ていて、玉森さん個人に関してもだけどKis-My-Ft2というグループを通して得た感情だったり感覚だったりそういうのがたくさんあって。だけど今は二階堂は別ウィンドウにいるから二階堂個人を通して苦しみだったり辛さ、嬉しさ喜び悲しみ楽しさ悩み、そんなものを感じてるんじゃないかなって。玉森さんは相変わらずグループの一員として見ていてわたしの中でKis-My-Ft2というグループがあっての玉森裕太。だから玉森さん個人の、というよりもKis-My-Ft2の、というのがまず前提にあるのかもしれない、と。

まぁそんなことを言ったところで何の解決にもなるわけもなくまぁ二階堂が玉森を上回ってるということは否定はしないけど。

たぶんね、玉森裕太という個人は好きなのよ。でも髪型だったりブランド品で固めた身なり、ファンの多さ、わたしの需要をはるかに超えた宮玉供給。その様な「玉森を取り巻く環境」というものに嫌になってきてる部分があってトータルとして玉森さん自身の評価が自分の中で下がってる、そんな感じなんじゃないかなって。

玉森を担当枠から外せないのは玉森自身を好きじゃなくなったわけではなく、さらに玉森担やってた約5年の過去があるからだろうなと。玉森だけを担当枠に入れてた約5年はえびきすがJr.のトップに立ってえびきすこん、ぷれぞん、ふぁーすと、せかんど、少年たち、さーど、デビュー…と彼らにとって人生のターニングポイントになるであろう期間を全て見てきたものだった。それだけに思い出も多くて固執してる部分もたくさんあるんだろうなぁと。

でも結局わたしがにかたまの掛け持ちであることはわたしの勝手で誰にも何も言われる筋合いなんて無いんだって割り切っちゃって表向きは凄まじく二階堂に傾いた掛け持ちというのをやってるわけですけども。

そもそもわたしにとって彼らの存在っていうのはとても大きくて生活の中でも生きる目的というものでも大半を占めていて、だけど彼らにとってわたしの存在なんてぜろに等しくてわたしがいようがいまいが彼らの生活なんて何も変わらなくて。そんなのは重々承知してるからわたしがおたくやってるってことは自己満足でしかなくて全てを自己処理して自己解決するものであるんだと思うのよ。外から入ってくることはたくさんあってもわたしから外部に出すものは何もない。わたしが誰かに及ぼす影響もない。そんなもんなんだろうなぁって。だからほんとはいつでも辞めれるしいつでも離れていいものなんだよね、きっと。だけどそれができないの自己処理ができてないから、自己解決ができてないから。だから離れることができないんだろうなぁって。彼らに責任転嫁しがちだけど結局は自分の中の踏ん切りがついてないだけ。

何が言いたいのかって結局わたしはまだ多くのことを自己処理できてなくて、だからまだにかたまの掛け持ちはやってくよってこと。ほぼ二階堂担みたいな状況だけど。「玉森を取り巻く環境」ってのが変わったらわたしも何か変わるんじゃないかなぁとは思ってる。


二階堂はね、グラフで言うならばy=3sinθなの。玉森はね、y=1/3sinθなの。どういうことかって二階堂さんは変化が激しくて玉森さんは変化があまりないってこと。キス担なって7年目とかになるけどほんっとに二階堂はやんちゃしたり反抗期なったり2枚目目指したり3枚目なったりいつもせわしなくて変化がある。でもそれを見てるのがほんとに楽しい。今彼が数年前の彼を見返した時に悔やんでたとして、もっとこうすればよかったと思ったとして、もしもその当時今考えてたように動いていたら今の二階堂は絶対にいない。いろんなことがあった過去だけど、たくさんの人に、先輩にも後輩にもスタッフさんにもメンバーにも迷惑かけてきたりしたけど、あの頃があったから今の二階堂がいるわけであの頃がなかったらたぶん二階堂は今あそこに立ってない。玉森にも言えないことではないけれど。でもやっぱり二階堂さんのほうが見てて楽しい。今はそう思ってしまう。


ぷれぞんで二階堂高嗣という人間に興味を持ち始めてから早4年半。年々わたしの中での二階堂の割合は大きくなっててもしかしたらこの先とてつもなくおおきな範囲を占めることになるかもしれないけど、それならそれでいいのかな、とも思ったりはする。玉森さんはきっかけなのかなって。きっかけさえ見つけられればもしかしたら離れられるのかもしれない。まぁでも今のわたしには想像できないや、玉森を担当枠から外した自分も、キス担やってない自分も。

とりあえず今の気持ちとしてはこんな感じ。今年1年でどう変わるかな。二階堂さんの人気にも左右されるんだろうなぁ… そして「玉森を取り巻く環境」が過去を超えた時、わたしの中で過去よりも好きだと思える瞬間が来た時はまた玉森熱が再発するんだろうなぁ…