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ひとりごと

ぐだぐだと思ったことを思ったままに

ひとりごと

なんだかなー
それってそんなに騒ぎ立てて言うほど凄いことなのかなーと思ってしまうわたしもいる。誰でもできることじゃないのかもしれないけどあの世界に生きている人なら当たり前なんじゃないかというか。たぶん同じような状況で同じように頑張ってる人なんて探せばたくさん出てくるんだろうし実力を買われてキャスティングされた人がそれで降りたとしたら次から声がかからなくなるなんてことがあり得るだろう世界だと思うし。あの事務所が世界的に見てもパフォーマンスレベルが高いことはわたしもよくわかってるしその分出演者に負荷がかかってることも充分にわかってるけど。でもできるだろうと判断されたから、本人ができますと言ったからプログラムに組み込まれてるわけで。
ちなみにわたしが座長として完璧ではないと、至らない部分があると思う、と言ったのはまた別の話でさすがにわたしも身体的に厳しい状況でも変わりなく舞台に立ち続けたのは尊敬するし素晴らしいことだと思ってるよ。でもそうじゃなくてたぶんリピーターがたくさんいると思いながらやってるんだろうなーって感じてしまう部分がちょこちょこ見受けられた部分が座長としてまだまだな部分なんだろうなーと思ったんだよね。その日のその公演だけしか観ることができない人がいるはずなのにその人に対して誠意がないというか初日、楽日、お偉いさんが来た日、成長という言葉では片付けられない変化があるように感じてしまって。まぁ言葉で聞いただけだから何とも言えないのは事実なんだけどさー。あとは演出に関してもそうだし舞台上での彼自身の行動について途中特に批判されたことに対してもまだまだな部分の一部ではあると思ってる。

そんな状態でしっかりこなしたの?凄いねー!偉いねー!ってそれだけですべて許されるわけじゃないだろうし。あの頃色々と書いてた人間は恐らく、 だから? って反応しかできないんだと思いますよそういう人間が多いんだとわたしは思います。たぶん一生平行線なんだと思いますよ。根本的な考え方が違うから。でもそこは別に理解し合う必要はないだろうし理解し合えるならこんな混沌とした世の中にはなってませんよ恐らく。

せかんどの福岡でローラー履いた玉森さんが銀テにすべってステージから花道横通路に落下したとき

大丈夫だとは思ったけど、一応”大丈夫か?”って聞いたの。そうしたらさ、顔の前で手振りながら”ムリムリ”って。え〜っ、この世界、例え足が折れたって”大丈夫!やります!”って言う世界なんじゃないの(笑)?!
(2010.06 Wink up 対談より藤ヶ谷さんの発言)

この藤ヶ谷さんの発言、考えが間違っているとわたしは思わないし、あれから4年経って様々な経験をしてきた人間がこの考えを持っている可能性は極めて高いと思ってるし。たぶんあの世界の人間からしたら当たり前なんだと思うんですよ。彼だからこなせたわけではなくて他の人間でも同じ選択をしていたはず。そう考えてしまうからわたしはそれですべてを帳消しになんてできないし自分の考えを変えられるわけでもない。彼の考えはしっかりしていて尊敬できる部分はたくさんあるけどプロとしてその場に立つならその世界で生きて行くのならその条件に当てはまる人なら誰でも持っていて欲しいし持っているべきものだとわたしは思う。楽な世界じゃないことくらいはわたしにでも安易に想像がつく。だけどその世界で生きていくと決めたのは自分なんだからしっかりと責任は持ってその道のプロになれるように努力していって欲しい。自覚がなかったとはわたしは思ってないけど(楽日にあげた文章何回か読み直したけどそんな表記はなかったし読み取りもできなかった)未熟だとは思ってしまったんだよな。(わたし以外の色々と呟いてた人が自覚がなかったと言ってたかどうかはわたしは知らんがな。)でもたぶん未熟だと思ったことはわたしの中では必然だったんだと思う。最初から完璧なもの創り上げられるのなら今頃というか今までにもっとぶっ飛んだオファーが来てただろうからさ。去年を除いたら初座長だったわけで彼にとっての一歩目だったわけでそれが未熟なのは当たり前。そこから五歩十歩進んだ時に変化がなければ自覚がないと言わざるを得ないのかもしれないけど今はそうじゃない。ここから進んでいくに連れて成長する様子をみていけるのが楽しみのひとつでもあるしおたくの醍醐味でもあるとわたしは思ってる。


ますますなんちゃらとかやっぱりなんちゃらとか(あえて伏せてるんですよ)そういうの見ると余計に冷める相当ひねくれた人間ですよわたしは。




ちなみにちなみにしいて言えばその自覚たるものがなかったのはファンの方だった気もするね。帝国劇場で座長をやってる人間を観に行っている、座長のファンであるという自覚がなかったんじゃないかねぇ。それを指導できない玉森さんのことをあーだこーだ言ったりもしたけどそもそもは言わせる方が恥ずかしいからね。
もしも万が一仮に来年も同じ場所に立たせてもらうことができるのならその時はファンもしっかりと自覚とやらを持てばもっと素晴らしい舞台になるんじゃないの?該当する人たちが来年も残ってるかは知らないけどー(こういうところが性格悪いと言われるところなんだよなーhahaha)
そしてこの際もう性格悪いとか何とか言われたって思われたってどうでもいいから言ってしまうと肋骨折れたけど目の血管切れたけど平然と舞台をこなしたということだけで座長としての自覚があると言えるのかって話なんだよそれが宮田さんだろうが千賀さんだろうが同じように平然と舞台をこなしただろうし自覚ってのはそんなことだけで表されるものじゃないでしょ。