読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひとりごと

ぐだぐだと思ったことを思ったままに

ブエノスアイレス午前零時

12月26日に行って来ました2度目の剛くん舞台!
今年の4月友達に連れられて行った 夜中に犬に起こった奇妙な事件 で見事森田さんの演技に堕ちたわたしが再び森田さんの演技に堕ちてきました。
夜中犬もだったけど今回も内容は重かったです。整理しながらもう一回観たいくらい…
森田さんが一人二役をすることは事前に知識として入れていたけどその他は全然知らなくて。開演直前にあらすじだけちらりと読んで幕が上がったのだけど結構頭働かせながら観劇しておりました。


まずはじめにこれを言わせてください。
瀧本美織ちゃん凄い…
森田さんのことじゃなくて申し訳ないのですが。美織ちゃんが出ることは知ってたんですよ。あらすじにもお名前出てたし。でも気がつかなかった… 声がイメージと違いすぎて。
まぁいいや、とりあえずあらすじというかストーリーから書きます。



現在と過去が行き来しながら進む物語。現在の森田剛くんは東京の一流広告会社を些細なミスが原因で退社して実家の近くである福島と新潟の県境にある宿で働きながら温泉卵を作っている。
物語は森田さん演じるカザマという青年が温泉卵を作っているところで盲目の老婆ミツコと出会うところから始まる。痴呆が入ってるミツコはカザマのことを自分が過去にブエノスアイレスで親しくしていたニコライだと勘違いし自分の過去の話をし始める。
お察しの通り森田さんが演じるもう一つの役はミツコの過去の話の中に出てくるニコライである。
ニコライはブエノスアイレスのいわゆるそういうお店のボーイ(と言ってもボーイの中でも下の方)として働いていた。ある日お店の前に倒れていたミツコをニコライが発見し拾ってきた。ミツコは東洋人だったので周りに馬鹿にされたりもしたが歌が得意だったのでボスの前で歌を披露したらいきなりボスの女になってしまった。この過去のミツコを演じているのが瀧本美織さんである。ミツコはボスの女にふさわしくなるべくベテランの娼婦に指導を受けることになる。ミツコはその人のことをねーさんと呼んでいた。

現在でも宿の掃除をほぼほぼ1人でやってるような人間で(少年たちの戸塚さんのような)立ち位置と言うか役回りは現在も過去も似たようなものである。
ある日カザマの兄がカザマの働いている宿にやって来て日数未定で泊まると言う。ちょうどその時期に年に一度のダンスパーティーが開催されるとのことだった。タンゴをやっている団体が主体となって実施するのだがミツコもその団体の一員で、メンバーとして宿に泊まりに来ていたのである。
宿がダンスパーティー用に用意していた費用30万円が何者かに盗まれその容疑がカザマにかけられてしまう。他の従業員の言うことにはカザマは大手企業をミスで退職して今はお金がない時だから盗んだのではないかと。しかしそこに通りかかったカザマの兄がこいつはそう言うことをする人間ではありません、第一大手企業でしたので退職金がたくさんあり金には困ってないはずですと助け舟を出してくれる。カザマの兄はカザマにいつまでここで働いているつもりなんだ、お前実家の豆腐屋継ぐつもりはないのか、と問う。カザマはその気が無いのでその話を断ったのだがその後カザマの母親からカザマに電話が入りカザマの兄が店の見取り図を持って行ったとの連絡でしかも兄は失業していたとの報告を受ける。先ほど盗まれていた30万円はカザマの兄が盗んだのではないかと思い始めるのである。

過去ではミツコがボスの女になり娼婦ではない仕事をしていた。ある日仕事終わりにニコライが1人で後片付けをしているフロアにミツコが立ち寄る。ミツコはニコライのことが好きでニコライもミツコのことが好きだがミツコはすでにボスの女。ボスの女に手は出せないと言っているところにボスがやってきてしまう。この状況をボスに見られては危険だとミツコをバーカウンターの影に隠しニコライはボスと会話をする。しかししばらく経った頃ミツコが音を立ててしまいミツコの存在かボスにバレることとなってしまう。焦った2人はボスの頭を瓶で殴り気絶させてしまう。そこにボスの手下であるフアンがやってくる。さらに焦るニコライに対しフアンはこんなことを言った。最近のボスはおかしかった。護衛もつけずに1人で街を歩けば変な輩に襲われることもある。こいつは川に流す、と。ボスが入りそうな袋を探している時にボスの意識が戻ってしまう。フアンはとどめをさしボスは完全に死んでしまう。これは流石にだめだとニコライは自ら出頭を申し入れる。フアンとお前を絶対だしてやると言う言葉を交わして。

現在ではミツコが度々奇声を発していた。ブエノスアイレスに送金をしないといけない、と。わたしは送金しているのだからどうかニコライを解放してやってくれ、と。
ミツコの話を聞いているカザマはだんだんとわけがわからなくなる。同じく誰かに似てると言われミツコの身の回りの世話をすることになったヒカリもこのお婆さんの話には引きずりこむ力があるとカザマに忠告をする。ミツコはカザマのことをニコライと呼ぶようにヒカリのこともねーさんと呼んでいた。

舞台はまた過去に戻る。5年後ニコライが高額の保釈金と引き換えに出所した時、街は色を変えていた。かつてボスの手下であったフアンが新たなボスとなり、ミツコはマリアと名前を変えてフアンの女となり、そして娼婦として働いていた。ニコライはマリアと共に逃げようとした。しかしそう簡単にいくことではない。
刑務所から出てきたばかりで仕事も家もないニコライは通りがかりのホームレスの寝床にお邪魔する。そのホームレスは今日でこんな生活は終わりだと酒を楽しんでいた。勘付いたニコライはホームレスを殺しホームレスが持っていた大金を奪う。その大金を持ってフアンのところへ行き、この金でマリアを買うと交渉する。それは無理だと言うフアンに対し1時間だけとマリアが許す。2人になったミツコとニコライ。ニコライに対してミツコは逃げろと言う。しかしニコライは2人で逃げると聞かない。正々堂々正面から逃げてやるとフアンの前に出た2人。しかしマリアには逃げられない理由があった。ニコライの高額の保釈金を出したのはフアンだがその保釈金を払うよう頼んだのはマリア。マリアは娼婦として稼いだお金をこの先もフアンに返し続けるとの約束で保釈金を出してもらっていたのである。

現在ではダンスパーティーが始まっていた。みんなの邪魔になるからと参加を拒んでいたミツコだったが是非来てくださいとカザマからの言葉を受けダンスパーティーに参加していた。しかし盲目のためダンスの邪魔をしてしまい非難されてしまう。
ミツコはまたもやブエノスアイレスへの送金を叫び封筒に入ったお金を掲げる。それはその宿の封筒であった。30万円を盗んだのは盲目の老婆ミツコだったのである。

舞台は幕が開いたときと同じくカザマが温泉卵を作っている場所にミツコがやってくる。
ミツコが盲目になった原因、それはニコライと2人で逃げることができなかったあの日にあった。ニコライの為に他の男と寝る。だけどニコライだけを見ていたい。最後にニコライの姿を映して傷つければその瞳はずっとニコライを映し続ける。
ニコライとカザマは匂いが似ていたらしい。大地を焦がすような匂い。カザマにとってそれは温泉卵を作っているから付いた匂いなのだがミツコにとっては違ったようだ。

ミツコがタンゴの団体に属していたからこその出会い。タンゴが繋いでくれた出会い。最後にニコライ/カザマ役の森田剛さんと過去のミツコ/マリア役の瀧本美織さん、現在のミツコ役の原田美枝子さんがタンゴを踊るのだがこれは見ものである。そしてその後森田さん1人でもタンゴを踊るのだがこちらも評判通り素晴らしかった。



脳内で整理できていないまま年末に突入してしまい用事が立て込んだことでなかなか文章にできず曖昧なままストーリーを書いてしまった。
観劇してない方にとってはよくわからない文章になっているだろうが申し訳ない。
今回は森田剛さんだけではなく数多くの方が過去と現在において2役を演じられていた。ミツコ役の瀧本美織さんと原田美枝子さんは一役ずつだが過去の第一のボス役である橋本じゅんさんは現在では宿のオーナー、第二のボス、フアン役である千葉哲也さんは現在ではカザマの兄、ミツコを育てたねーさんと呼ばれた娼婦役である松本まりかさんは現在ではミツコの身の回りの世話をしていたヒカリ。
恥ずかしながら存じ上げなかった役者さんもいらしたので最初は現在と過去の繋がりがあまりよくわかっていなかったのだが過去と現在の二役を理解し始めたあたりからわたしの中の物語がようやく進み始めた感じがした。

過去と現在を行き来する舞台としては今年5月に観劇させていただいた八乙女光さん主演の 殺風景 という舞台も同じく過去と現在を行き来していたのだがあの舞台は お前は俺だ、俺はお前だ の言葉とともに時間軸が移動するという方法で観客に時代変換を知らせていたのだが今回の ブエノスアイレス午前零時 はステージの前後移動だった。森田剛さんは夜中犬の時と同じくほぼほぼ出ずっぱりで現在のミツコ役、原田美枝子さんもほぼほぼ出ずっぱりであった。過去の場面では原田さんの台詞は無いのだが舞台の隅の方や後ろの方にその存在はあった。ステージの前後と共に舞台上手にあるセットも回転し過去ではバーカウンター、現在では宿の受付となっていた。
しかし物語が進むにつれてカザマの中で現在と過去が混ざり合ってしまうようにステージの移動もなくなっていく。フアンが言葉を発していたのに千葉さんが一瞬後ろを向いてまた振り返った時にはカザマの兄になっていたりもした。

全くの別人にも関わらずニコライに自分を乗っ取られそうになるカザマ。その苦悩の表現を見るとやはり森田剛という人間は舞台でとても映える役者なのだなと感じる。

そして最初に書いたのだが瀧本美織さん。
わたしの中の瀧本さんはやはり美男ですねのイメージで声もあのトーンしか知らなかったので観劇している最中にあの声を探していた。開演前にあらすじを読んだ時に瀧本さんは過去のミツコ役だとわかっていたのではじめはその声が聞こえないことが当たり前だったけど(現在のシーンから始まったので)過去のシーンになってもその声が聞こえないのである。まさかと思って双眼鏡を合わせてびっくりした。この声を出しているのが瀧本美織さんだったのかと。
観劇後検索をかけて記事を読んでいる中で瀧本さんにとって今回の作品が初舞台だったということがわかった。初舞台であの迫力のある演技というのはこれから先の彼女の道をいくつにも枝分かれさせてくれるものなのではないかと素人目ながら思った。

個人的にはねーさんと呼ばれたヒカリ役の松本まりかさんの声が好きすぎてたまらなかった。語彙力が無いもので説明できないのだがいつかどこかでその声を聞ける時があったら意識してみて欲しい。あと過去ではくるくるパーマでキツイ感じなのに現在ではおさげになってるのもまた好きなポイントであった。



森田さんの舞台を観劇したのは上にも書いたとおり夜中犬に続いて2回目だったけど彼の言葉の発し方について某岡田担さん(彼女の文章を見る限り今は岡田担のはずである)もTwitterに投稿していたのだが2作品とも同じ言葉の発し方をするのでそれが彼のスタンダードなのかそれともそれぞれの役がそうさせたのか大変興味がある。会場で彼の過去の作品である 鉈切り丸 のDVD/Blu-rayも販売されていたが買うほどではない…と購入はしなかった。しかしやはり彼の演技というのにはどはまりしてしまっているので次の作品がもしもまた大阪であるのなら観劇しに行きたいと思う。


今回の舞台でわたしには理由がわからなかったのが途中ラジオが入った時に160センチくらいの男が〜という言葉が入っていたこと(聞こえにくくするためにわざと演者さんの声と被せていたのでわたしは聞き取るのを諦めていたのだがご一緒してくれた梨永が聞き取ってくれた)とホームレスの男を殺す時に第一のボスが一瞬出てきたこと。
前者は盗人の犯人がカザマの兄であるかもしれないという認識を観客に持たせるためなのかもしれないがこれは伏線?なんて幕間に会話して、だけど結局犯人はミツコだったのであれは何だったのだろうと終演後に話していた。裏の裏だったのだろうか…
後者に関しては完全に観劇した人にしかわからない書き方になってしまったがあれは一体どういう意味だったのだろうか。ホームレスのくだりは過去でも現在でもない場所でいきなり始まったようにわたしには見えたのでどちらなのかわからないまま観続け、ホームレスを襲っていたはずなのにいきなり死んだはずのボスが出てきてほんの数秒でまたホームレスに入れ替わる。その奪ったお金をフアンのところに持って行ったことでこれが過去の出来事であったことを把握したわけだがあれはニコライに対するボスの恨みの表れなのだろうか…



まだまだわたしは未熟者である。今年一年は外部の舞台、きすまい以外の舞台に足を運ぶことが数回あったが外部の舞台というのはやはりとても深いものになっているように思うので来年も出来るだけ興味のある作品には足を運びたいなと思った。











前の方で観たいという感情があったらそれは舞台を観たいと言うよりも出演者を観たいという気持ちが強いことの証拠だとわたしは思う。後ろの方でいいから観たい、逆に前の方だと全体を観ることができないから前じゃなくていい、そんな感情を抱けるような舞台を創ることができる人間になって欲しいと願ってしまう。
確かに高値でも前の方で観たいという人たちがいなければ劇場は埋まらないしそういう人たちも大事にしなければならないことはわかってる。だけど今年1年、言えるほど多くはないけど色々な舞台を観させてもらって本当に思った。わたしは森田剛くんの舞台がそれに当たる。そんなにお金を使える訳ではないし1度しか入らないから全体を観たいという理由でA席を選んだのだが彼の舞台は本当に引き込まれるし素晴らしい。たった1回観劇しただけでこれからも観続けたいと思った。

ただこういった舞台を創り上げるためには生まれ持った才能というものが必要であると思うしそれなりの経験と努力も必要であると思う。そして何より演者自身のオーラを消し役としてそこに存在できるかどうか。
正直今の玉森さんはネームバリューが大きすぎてオーラを消すのは無理だと思うし(オーラは演者自身が消すのはもちろん観劇者側の見方も大きいと思う)まだまだ経験も浅い。
森田さんにそれが無いのかと言えばそうでは無いのだが(彼を観るために観劇されてる方も多いのだろうし)役になりきるという才能がありすぎてわたしのような部外者の人間からすると そこに森田剛はいなかった という表現が出てくる程である。

きすまいの中で言えば宮田さんがそのようになれる素質を持っていると勝手ながらわたしは思っているのだけどどうなのだろう。舞台のお仕事でもっと花開くことができる気がするのでまだ若い今のうちに経験を…と思ってしまうのだが贅沢な要望だろうか。