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ひとりごと

ぐだぐだと思ったことを思ったままに

格子なき牢獄へ


こんなわたしですが、先日大学を卒業しました!ということで学生生活にもついにピリオドを打つことになりました。 格子なき牢獄 とやらに放り込まれることになるんですね。
中学生の時にジャニオタになり、高校生の時に初めてコンサートに行き、大学生の時に初めて舞台に行きました。
2009年はJUMPが1公演
2010年はKis-My-Ft2が1公演
2011年はKis-My-Ft2が2公演
2012年はKis-My-Ft2が1公演
2013年はJW感謝祭が1公演、Kis-My-Ft2が4公演、ドリボが2公演、カウコン
2014年は愛唄が2公演、銀英が4公演、夜中犬が1公演、殺風景が1公演、Kis-My-Ft2が8公演、ドリボが4公演、オンザタウンが1公演、たきつが2公演、ブエノスアイレスが1公演
2015年はJWが2公演、歌舞伎が1公演、えびが1公演、少年収が1回、Kis-My-Ft2が3公演、V6が1公演、少年たちが4公演、REPAIRが1公演
2016年はたきつが1公演
振り返ると7年と3ヶ月で52公演だったみたいなのでかなり少ない方だとは思いますが2014年なんかは特に大学生ならではの現場出没数だったのではないかなと思っています。大学生の4年間は親元を離れ九州から関西に出てきたということもあってより現場に足を運びやすくなりました。特に大学3年生だった2014年は授業数も減り、6月以外は毎月どこかしらの現場に行っているという、後にも先にもこの年だけだろうという過ごし方をすることができました。
2012年終わりだか2013年始めだかに今のアカウントを作成しました。気がつけばあれからもう3年以上が経ちます。この3年で出会った人はとても多く、特にわたしは年上の方と知り合いになることが多かったので、同年代の友達との付き合いからは出てこない考え方や世の中の常識みたいなものも教わることができたと思っています。最初はこんなにたくさんの人と知り合えるとは思ってもいませんでしたし、こんなに仲良くなれる人ができるとも思っていませんでした。この3年間、足を運んだほとんどの現場で誰かしらと顔を合わせることができ、現場以外でもご飯を食べに行ったりお泊まりをしたりと相手をしてもらえる人が全国にできたことは、わたしにとってとても大きいことだと思っています。
趣味面でも恋愛面でも勉学面でもこの4年間は本当に濃く、本当にたくさんのことがあった期間でした。出会いがあり、そして別れがあり、たくさんの考え方があることを知りました。まだまだ知らないことがたくさんあるというのは十分わかっているのですが、この4年間で学べたことは、わたしの今後の考え方すなわち生き方に大きく繋がっていくだろうと感じています。
現場にも多く足を運んだ4年間でしたが、それ以上に文章を多く書いた4年間でした。レポ、感想、ひとりごと…。すべてが自己満足ではありましたが嬉しいことに読んでくれる方がたくさんいました。文章自体は高校生の頃にホームページを作成した時からよく書いていましたが、2016年が始まってから2ヶ月、 論文 というかたちで比較的厳しい教授のもと文章に向き合ったことで言葉への考え方が少し変わり、文章も少し変わったのではないかなと思っていたりします。理論的に文章を書くことと感情的に文章を書くことは構成の段階から全く違うので、自分が変わったと思っているだけで実際にはほとんど変わっていないかもしれませんが…。でも本当に語彙力をつけないと書きたい文章はかけないのだと再認識したというか、自分の日本語力の無さと説明力の無さをひしひしと感じた2ヶ月間だったのでその辺の力はどうにかして伸ばさないといけないと思っています。あと流れるように読める文章を書く力が欲しい。理論的に文章を書く方法は今回学べたので感情的に文章を書く方法をどこかで学べないものかな…。
2015年に本格的にSnowManに降りたので、同じ情報系学部4年生として阿部くんの頑張りを自分を奮い立たせる要因としていました。3年間あのSnowManの中で勉強して合格率4%の気象予報士の資格を取った阿部くんと4ヶ月勉強して合格率(その回は)12%の簿記二級に受かったわたしとでは天と地の差があるけれども。舞台に立ちながらコンサートをしながら成績優秀賞を貰った阿部くんとただ学業しかしてないのに中の上あたりにしかいられなかったわたしとでは月とスッポンだけれども。でも、阿部くんが時々発する研究室生としての言葉を自分と関連付けさせていたことは確かです。
この1年、研究室生として過ごしたことで得られたものはとても大きかった気がします。わたしは研究室がすごく好きでした。珍しいかもしれませんが、研究室に行くのがとても楽しかったんです。それは、教授や同期・先輩方に恵まれたおかげだと思っています。自分に適した環境に居ることができた時、人は、面倒臭いことも辛いことも苦しいことも難しいことも乗り越えやすくなるんだと知りました。到底わたしには真似できないけれど、阿部くんにとってはSnowManとしての活動があってこその学業なのかもしれないと、両立していることが阿部くんにとっては一番合っている環境なのかもしれないと、そんな風に思ったりもしました。
この1年間もとても大きなものでしたが、この4年間も同じようにとても大きなものでした。今までの人生の中で一番ジャニーズにのめり込んだ1年がありました。その対象から離れる決断をした瞬間がありました。先ほども書いたように2014年はとにかく現場に足を運んだ1年でした。ジャニーズ以外に使うお金はすべて無駄だとさえ思ったこともありました。それくらい、のめり込んでいた1年でした。その年の夏が、わたしにとってはKis-My-Ft2の最後のピークでした。2008年に好きになってから約7年。様々な感情を抱きました。何度も何度も文字にして頭の中を整理しようとしました。そして、わたしにはもう着いていくことができないという結論に辿り着きました。それを改めてしっかりと言葉にするのにまたさらに時間がかかりました。彼らはわたしにとっての青春です。そして、様々な感情や考え方を教えてくれた人たちでもあります。彼らがいなかったら今のわたしは存在しなかった。これは彼らから離れた今でもこの先もずっと言い続けていく言葉だと思います。
そしてわたしはSnowManに降りました。今はあの子たちを全力で応援したい。あの子たちが一番輝いている時間を一緒に過ごしたい。わたしはやはりJr.が好きなのだと、何度も言いますが、本当にそう思います。Kis-My-Ft2の過去の映像を見返すと好きが溢れて止められなくなります。わたしは、ギラギラした目と胸に秘める想い、それらをメンバー同士ぶつけ合ってそして大きくしていく、その過程を見ることがが何よりも好きなのだと思います。
結局わたしの人生には濃くも薄くもジャニーズが関係してくるのだと再認識した気がします。社会人になったら離れられるものだと思っていました。けれど、離れる気なんて今はさらさらない。この先離れることがあったとしても、わたしの人格生成にジャニーズが大きく関わっていることに間違いはなく、ジャニーズを好きになっていなかったら今のわたしはいないということにも間違いはないでしょう。
彼らを好きになったからこそ出会えた人たちはたくさんいます。ジャニオタとして知り合えた人たちからも多くの影響を受けました。考え方や生き方を選択するような、そんな深いところまで影響を与えてくれた人もたくさんいます。わたしは本当に出会いに恵まれていました。これから出会う人たちにも 恵まれた と思える人たちがたくさんいると思います。わたしも誰かにとってのそんな人になれるように、一社会人として生活していきたいと思います。想像を絶するほどの辛さや苦しさは数え切れないほどあると思います。それを乗り越えて強くなりたい。まだまだ子どもで自分勝手でどうしようもなくて遊びすぎてるわたしですが、学生ではなくなった途端すぐにそんな人になれるとは思っていませんが、そんな思いは胸に持っています。まだまだ周囲の人にたくさん迷惑をかけると思います。まだまだ未熟な部分はたくさんあると思います。完璧にはなれないかもしれないけれど、自分で自分を認められるようになりたい。そんな風に思った卒業の日でした。


真面目になりすぎたかな(笑)
とりあえず!4月からたぶん8月までは東京なので!その期間にいろんな現場に足を運んでいろんな作品を観たいと思っていますのでまたレポやらここの更新回数が多くなるかと思いますがお付き合い願います。