ひとりごと

ぐだぐだと思ったことを思ったままに

2022.09.27

佐久間くんに転げ落ちたあの日から気がつけば丸8年が経ち
元号は平成から令和へと変わり
佐久間くんは20代から30代へ、大人の階段をさらに登りました。


どうも、皆様ご機嫌いかがでしょうか。隙間です。(なんなんだこの導入は)



8年ってどれくらいなんだろうと思って学年と比較してみたんですけど、
小学1年生が中学2年生になる
とか
大学生が最大限留年する
とか
いまいちパッとしなくて、まあ簡潔に言うと22歳が30歳になったんですよね。うん、変な例えしなくてもこれが1番わかりやすい。


佐久間くんが30歳になった2ヶ月半前の衝撃も凄かったけれど、好きになった2014年の佐久間くんはまだ大学4年生だったんだと振り返るとそれはそれでまた衝撃が凄い。
何度でも言うけれど、そりゃあわたしも歳をとるわけです。8年… そりゃあ歳とりますよね……








この文章を書くにあたって過去のこの日の文章を読み返してきたけれど、 いやーーーー本当にいろんなことを経験してきたし感じてきたなあと、改めて思いました。感情の記録なんてその時の自分の心の整理のためと、未来の自分が過去を振り返るためのものでしかないけれど、やっぱり書き残しておいて良かったなあと思います。その時の感情も、言葉の裏に込めた気持ちも、読めば全部思い出せるから。



何かあるたびに書いていることですが、佐久間くんを応援してきた期間はずっと楽かったことだけが続いていたわけじゃなくて、辛かったことも悔しかったことも寂しかったことも、本当にいろんなことがありました。
でも、その全てを経験することができたから、今、こんなにも心穏やかに応援することができているんだなと思うと、あの時いろんなことを経験することができて本当に良かったなと思うのです。



例えば、なかなか休日公演を割り当ててもらえなかったクリエ。
社会人のオタクが9割を余裕で超えていたグループだったのに平日公演ばっかりで、まあそれでも客席は埋まるし当日券もそれなりの数並ぶんですが、やっぱり休日公演をさせてもらえているグループが羨ましくてメラメラ闘志燃やして、2017年に休日公演を割り当ててもらえた時は新規ながらに嬉しかったりしてね。まあその年が最後のクリエになったわけですけれども。


例えば、Snow Manからメインの2人だけが引っこ抜かれた謎選抜。
転がる方に転がっていたらたぶんSnow Manが解体していたあのユニットは、いわふかの2人が引っ張られていて。「Snow Man」というグループは彼らとファンにとってはとてもとても大切なものだけど、事務所にとってはそこまで大切なものじゃないのかなあなんて思ったりもして。あの時はいわふかが「Snow Man」を守ってくれていたんだよなあ。


そして何より、ずっと周りから「デビューできない」と言われ続けていたこと。佐久間担であること自体に驚かれていたこと。
周りのグループに対してもそのファンの人たちに対しても他のメンバーに対しても周りのすの担に対しても、ガルガルしていた時期はあったし被害妄想レベルでいろんなこと思ったりもしてきました。
正直、デビューに関してはできないかもしれないと思っていた時期もあったし、形が変わってデビューするくらいなら形変わらずステージに立ち続けてほしいと思っていた時期もあったけれど。周りからの言葉に反発する気持ちがあって、それが過ぎた頃に諦めてしまう気持ちがあって、それをまた引っ張り上げてくれたのは本人たちの言葉で。


これらのことだけじゃなくて小さなことから大きなことまで本当にいろんなことがあったし、いろんな感情と戦ってきたなと思います。



でもいろんなことを考えてきた中でもやっぱりわたしは8年間一貫して佐久間くんのことが好きだったし、誰になんと言われてもステージに立つ佐久間くんはわたしにとってはいつも1番輝いていて、ずっとずっと「好き」を更新してくれる大切な存在でした。


本当に、この時期までこの 好き の気持ちがこんなにも強いまま継続しているとは思ってもいなかった。だけど今はこの先もまだまだ 好き の気持ちを更新して行くんだろうなぁというワクワク感がものすごくあって。
佐久間くんを応援して行く未来に希望しかなくて、こんなにも毎日が楽しくて幸せなのはきっと佐久間くんのおかげ。

これは、佐久間くんを好きになった日から4年が経った2018年9月27日(更新日は10月末だったけど…)のブログで書いた言葉なんですが、あれからまた4年が経った今日も同じことを思っていて、同じ気持ちを継続させてくれる佐久間くんって本当にすごい人だなと思うと同時に、佐久間くんに出会えて良かったなと心の底から思います。


あなたは、わたしの人生の大きな支えです。







Jr.時代もいろんな場所に立つ佐久間くんを見てきたし、デビューしてからはお仕事の幅が広がっていろんなことに挑戦してる佐久間くんを見てきたけれど、わたしが好きなのはやっぱり

表現者 : 佐久間大介

なんだなあと、この8年間を振り返って実感しています。
コンサートや音楽番組で、楽曲をダンスで表現している姿。
舞台で、その時の感情を身体にのせて表現している姿。
アニメで、キャラクターに命を吹き込んでいる声。
TVでの曲披露やMV等でも佐久間くんの表現力には人の目を惹きつける力があって、何度同じ映像を見ても目が離せなくなるのが佐久間くんの魅力だよなあと思っています。







デビューして、Jr.の頃には夢のまた夢だったお仕事もたくさんさせてもらえるようになって見える世界はガラリと変わったけれど、でもこの8年間を通して個人的に1番オタクしてたなあと思うのは、充実してたなあと思うのは、2018年なのかな。
1番現場に入ったのは2019年なんだけど、まああの年はいろんなことがありすぎたので…

2018年はすの現場だけを挙げると、1月のハピアイから始まって2月の祭り城ホ、3月の横アリ単独、歌舞伎が4月5月の新橋と初めましての6月御園座、そして初めましての8月サマパラと4年目の9月少年たち、通った10月IMPホールの初主演舞台キャッシュ・オン・デリバリーとまさかの当日券が当選した11月トラム、年越しカウコンびっくりするほど良いお席で現場納めをした1年だったから濃くないわけがなくて。
今は今でまた別の濃さがある毎日だけど、あの頃の忙しさと目まぐるしさはやっぱりJr.担の特権だったなあと思います。


本当にいろんな劇場に連れていってくれたし、いろんな感情を教えてくれたSnow Manでした。








なんというか最近ようやく「デビュー組担」に慣れてきた気がしていて。
コロナで現場がなくなったから強制的に現場のない生活をしていたけれど、ここ1年くらいで徐々に色々な現場が戻ってきて、Snow Manもツアーやったり歌舞伎やったりするようになりましたけれども、デビュー組だからやっぱりJr.の頃みたいに毎月のように現場に通うことが当たり前の環境ではなくなって。その状況にようやく心が慣れてきた感覚があります。

なんだかんだ色々と世の中が落ち着いたらすのに限らずあれもこれもちょっとでも興味あるやつは全部行く生活に戻りたいな〜って思っていたけれど、その気持ちもだいぶ落ち着いたというか。
寺西くんとか原くんとかふぉ〜ゆ〜とかの現場はタイミングが合えばいろんなところに足を運びたいと思っているけれど、その頻度も多分かなり落ちるだろうなあと思っていて。

Jr.担やってる頃は、自担の現場がない月はどこか別の現場に行きたい!!とにかく現場!!みたいな感覚がものすごく強くて、土日に現場でエネルギーチャージして平日の仕事ゴリゴリ頑張るみたいなそういう生活を送っていたけれど、コロナが流行って世の中の働き方が変わって、例に漏れずわたしの働き方もだいぶ変わって(仕事終わりに飲みに行くこともほぼなくなって)、土日にそこまでエネルギーチャージしなくてもなんとかなるというか、逆にコロナ期間で体力落ちまくって月2回も3回も遠征なんてしていられない身体になってしまったというか。いやまあ現場があって行ける状態なら月2回でも3回でも遠征するんですが…(笑)





Jr.時代って何もかもスパンが短かったじゃないですか。毎月のように現場があったから、何かの現場に通ってる最中に次の現場のチケ業務して、その次の現場の申込みして当落確認して、みたいな状況が当たり前で。
そんな中で当日券があれば当日券列の人数も目に見える数字として大事だったし、当たり前にグッズの売上総数は大事だったし、申込総数もこちらからは目に見えない数字だけど多分大事だったし、細かく言うと情報局のお気に入りアーティストにしてる人がどのくらいいるかとかも多分見られていただろうし。まあお気に入りのアーティストは変えるもんじゃないからいいんだけど。
そういうことが暗黙の了解としてわかっていたからこそ、どんなに忙しくても申込みには手を抜けなかったし、並べる時には当日券並ぶことも予定の1つだったし、現地でしか売っていなかったグッズを最終的に売り切れにさせるのも文化のひとつだった。

あの頃あんなにも頑張って事務所に見せつけてやる!わからせてやる!って作り上げていた「数字」が、今となってはあの時ほど頑張らなくても自然に積み上がるようになっていて、Snow Manの一種の武器にすらなっていて、あの頃の自分に言っても絶対信じてくれないような世界が今広がっているんだなあと、セカンドアルバムBillboard初週89万枚超えという記録を見ながら物思いにふけってみたりして。



なんだろうなあ、Jr.担時代はひとつひとつがものすごく濃かったというか、それだけ色んなことが繰り返されていても全てに全力で、それは物理的な体力的なことだけじゃなくて気持ち的にもそうで。全力で喜んで、かと思ったら悲しかったり悔しかったりすることもあって、ありふれた表現だけど毎日がジェットコースターに乗っているみたいでした。

でもその全ては自分のためで、やっぱりそういう日々を送れていることが何よりも楽しかったし、なんだかんだ言いながら忙しくしている自分が好きだったんだよなと思います。





そんな日々が一転したのが3年前、2019年に少年たちの幕が降りてからで、デビューするための準備期間に入って、デビューして、コロナが流行って、現場が消えた。
Jr.担からデビュー組担に切り替わるには、この強制的に現場がなくなった時期は結果として良い方向に働いてくれたのかもしれないけれど。もしもこういう状況になっていなかったらもしかしたら今頃理想と現実のギャップに苦しんでいたかもしれないなとも思うから。

でもこんな強制的に現場がなくなる期間を経ても、デビュー組としての立ち位置に慣れるまでにはとても時間がかかったなあと思います。









いろんな考え方があるんだろうけど、わたしは彼らがJr.の頃からずっと、なかなか目に見える結果に結び付かなかったとしても努力し続ける姿がずっとずっと大好きだったし、その努力が報われた瞬間に立ち会えたその数々の出来事がどうしようもなく嬉しかった。すぐに報われなくたって努力してることはすごく良く伝わってくるし、だからこそいつか必ず報われる瞬間がくると信じていたから、ハピアイ2幕とかデビューとか声優とか、佐久間くんの努力や夢が形になっていってる瞬間はやっぱり本当に嬉しかったです。
佐久間くんにも今はまた新しい夢がたぶんあって、いつになるかわからないけれどそれを叶えていく未来がたぶんあって、それをファンとして祝福できる未来がたぶんある。
今でもずっと、努力している姿を見続けられることはありがたいことだなと思うし、また夢が叶う瞬間に立ち会える日が来るんだろうなと思えるこの環境が、そういう中で応援し続けられていることが、とても幸せなことだなと思っています。


佐久間くん個人の努力だけじゃなくて、Snow Manのメンバー全員がそれぞれ努力を積み重ねていて、そんなメンバーのことをお互いに尊敬しあっているしお互いのお仕事にも全力で喜んでるのは心の底からだとわかっている上で、だから自分ももっと頑張ろうっていう気持ちも彼らは持ってるんじゃないかなあと思っています。だからこそよりお互いがお互いを高め合っていられるし良い関係性を保てているんじゃないかなあとも。
お互いキャラが被らないように、それぞれが自分の良いところ売れるところを見つけて作って伸ばしてきたからこそ今の「どのジャンルでも誰かしら活躍できる人がいる」グループになっているとわたしは思っているし、そういう成長の仕方をしてきたからこそ個人がそれぞれ違う場所で輝けていると思っているので、なんというか、上手いなぁ…と思います。

ほんとにセルフプロデュース苦手だよな???と思っていた時期もあったけれど(個人というか演出とかそういう方向で)、やっぱり経験と年齢は積み重ねていくものだなと思うし、なにより自分たちで決めたそれぞれの方向性だから磨きやすくてより輝けるんだよなと、1人のオタクの勝手な想像でしかないけれどそんな風に考えたりもするのです。
だからわたしは、佐久間くんが自分で選んで自分で磨いてきた武器を使って芸能界という比較的風雨の激しい世界で闘っていることそのものが凄いことだなあと思うし、これからももっともっと輝き続けてほしいなと思っています。





わたしたちから見える部分には、彼らが夢を叶えていたり切磋琢磨していろんなものを積み上げていったり、そんなことしか存在しないけれど、その叶えた夢の影にはたぶん諦めた夢もあって、想像を絶する血の滲むような努力もあって、やりたかったけどできなかったことも絶対にたくさんあって。
そんな裏の部分はなかったかのように笑顔で振る舞ってくれる彼らだからわたしたちはたくさんのことを知らずにいるけれど、アイドルで居続けてくれていることって、当たり前じゃない。
表の面だけを見せるのがアイドルという職業なのだと言われたらそれまでかもしれないけれど、今日という日はやっぱりアイドルを続けてくれていることにも感謝したくなったりもして。



8年前の今日、見慣れていたはずのあなたの姿に強く惹かれたことを運命だなんてそんな風には表現したくないけれど、あの日あの瞬間だったからこそわたしはあなたに強く惹かれて佐久間担になりました。
あれから8年経った今でも日々幸せを分けてもらっていて人生を支えてくれている、そんな存在に出会えたこと、本当に本当に感謝しています。











正直すの担という大きな枠の中では、オタク側のあれこれで理解できないことも多々発生しているし、相入れないなあと思う出来事も多々発生しているけれど、たぶん誰かにとってわたしもそういう存在なんだろうし、オタクが増えるってそういうことだよな〜と思っているので、これは特にデビューしてから毎回のように書いているけれど、わたしはこれからも自分に合ったスタンスでゆるゆるとオタク続けていけたら良いなと思っています。





Jr.時代のすの担を約5年半やって、デビューしてからのすの担を約2年半やって、それで今この感情に辿り着けているので、たぶんもっともっと緩くなることはあると思うけど降りることはないんじゃないかなあと思っています、今は。
増員とかデビューとか、一番グループとして変わる時期を個人的に乗り越えられたので、離れる要因がたぶんもう出てこないんじゃないかなあなんて。





正直元担降りて佐久間担になった過去があるので「生涯応援し続ける」なんて無責任なことは言えないけれど、今でもこんな激重感情が発作的に出るくらいには好きなので、まだあともう少しは佐久間担でいるんだろうなと思っています。









いろんなことつらつら書いたけれど、色濃く覚えていることも、綺麗さっぱり忘れていることもどちらもたくさんあって、結局思い出は美化されるものだし自分の都合の良いように過去の思い出は積み上がっていくんだなあと。
なんだかんだそれが長年オタクやっていくために必要なことだったりするのかもしれないなんて思ったりもして。




まあでもこれからますますゆるおたになっていくことはもう確定しているようなものだし、いんすたもてぃっくとっくも詳しくなれない万年ついったーのオタクは、今以上にご隠居生活極めていこうとは思ってます。







なんだかものすごくとっ散らかってしまいましたが、そんなこんな、9年目始まりの日でした。